呉王への諫言と文才
- 枚乗、字は叔。淮陰の人。呉王濞の郎中として、謀反の意を諫める上書を行った。「一縷の糸に千鈞の重みを掛ければいつ切れるか分からない、忠言を用いれば百挙必ず免れる」と喩え、危険な計画をやめるよう説いた。
- 「湯を冷まそうとして一人が火を焚き百人が扇いでも無益、薪を絶ち火を消すのが先決」との比喩で、根本原因(謀反の意図)を絶つべきだと論じた。呉王はこれを容れず、枚乗は去って梁孝王に仕えた。
- 呉楚の乱が起きると再び呉王に説き、秦の滅亡と現在の漢の国力(二十四郡十七諸侯の富)を対比し、呉の富も漢に及ばないことを説いて撤兵を勧めたが、聞き入れられず、呉は敗れた。
- 乱後、その名声により景帝から弘農都尉に任じられたが、大国の賓客としての立場を好み、病と称して辞し梁に戻った。梁孝王薨後は淮陰に帰り、武帝が即位すると老年の枚乗を安車蒲輪で召したが道中で没した。
枚皐(枚乗の庶子)
- 枚乗の庶子皐は若くして苦難を経て長安に至り、上書して父の名により武帝に見出され、賦を能くし東方朔・郭舎人らと並ぶ寵愛を受けたが、嚴助らほどの高位には至らなかった。滑稽な作風のため自ら「俳優のようだ」と恥じる述懐を残した。多くの賦を残したが、卑俗で下品な作も多く伝わる。