前漢演義第83回 謀反が露見して霍氏一族が皆殺しにされ、偽の勅命で首謀者を滅ぼす (泄逆謀殺盡後族 矯君命殲厥渠魁)
霍氏の謀反計画
- 霍顕は動揺し、霍禹は「いっそ宣帝を廃してしまえば咎めを免れる」と過激な考えに傾く。占者の言(星象が凶事を示すとの説)にも霍山らは動揺する。
- 霍雲の友人・張赦が、丞相魏相と平恩侯許広漢を上官太后の名で誅殺し、天子を孤立させる策を献じる。
密告と発覚
- この密談を漏れ聞いた霍家の馬丁の話を、たまたま宿泊していた長安亭長・張章が盗み聞きし、富貴を望んで宣帝に上書。宣帝は廷尉に張赦らの捕縛を命じるが、いったん中止させる。
- 陰謀露見を悟った霍山らは「先に手を打つべき」と結論し、娘婿たちにも決起を促す。霍雲の舅・李竟が別件(諸侯王との私的交際)で拘束され、霍雲・霍山は免官となり、霍氏はますます勢いを失う。ひとり霍禹だけが朝廷に残るが、宣帝から霍氏一族の不作法を面詰され恐懼する。
- 霍顕・霍禹はそれぞれ亡き霍光の霊が出てくる悪夢を見るなど、不吉な予兆が続く。
霍氏の族滅
- 地節四年、宣帝は生母方の外戚(王氏)を新たに侯に封じ、霍氏はますます疎外される。霍山は丞相魏相への恨みを募らせ、上官太后の名を騙って魏相・許広漢らを誅殺し宣帝を廃して霍禹を立てるという謀反計画を進めるが、決行前に霍雲・霍山の不正が発覚し左遷される。
- 張章はさらに霍禹らの謀反計画を探知し、期門董忠、左曹楊惲、侍中金安上へと伝わり、金安上・史高が宣帝に密奏。金日磾の子で霍光の娘を妻としていた金賞も離縁を願い出て連座を免れる。
- 宣帝は霍氏一族を一斉に拘束。霍山・霍雲は服毒自殺、霍禹は腰斬、霍顕も誅殺され、霍氏の娘・婿・孫婿はことごとく処刑、連座は千家に及んだ。密告者の金安上・楊惲・董忠・張章・史高らは軒並み封侯された。霍皇后は廃されて昭台宮に幽閉される。
徐福の先見と評語的総括
- 霍氏の専横を早くから見抜いていた茂陵の徐福は、生前三度上書して警告したが用いられず、族滅後もその功が顧みられなかったため、代人が「曲突徙薪」の故事を引いて弁護する上書をし、宣帝はわずかに布帛を賜り、後に郎に召した。
- 地の文では、霍光は輔政二十余年忠勤であったが、悍妻・驕子を制しきれず、許后毒殺を隠蔽したのが最大の過ちであり、宣帝も濫賞ののち濫刑に転じ千家を連座させたことを批判する筆致が続く。霍后も後年(十二年後)雲林館に追放され自殺に追い込まれたことに触れる。
刺客事件と立后
- 宣帝が昭帝陵の秋祭に赴く途中、不吉な兆し(剣が鞘走る)があり、易者梁邱賀の占いで引き返したところ、刺客・任章(誅殺された任宣の子で父の仇討ちを図っていた)が発覚し処刑された。
- 立后問題では、子を持つ張婕妤らを避け、子のない王婕妤(王奉光の娘)を皇后に立て太子奭の養育を託す。
- 元康年間、符瑞を言上する臣下が相次ぎ、宣帝は実父(史皇孫)を皇考と追尊し、大赦・減刑・救貧の詔を連発。上書で忌み字に触れて罪を得る者が多いため、自らの名を「詢」に改める。
西域情勢
- 衛侯使馮奉世は、独断で西域諸国の兵を動員して莎車の反乱王呼屠徴を討伐し、王を殺して首級を長安に送った。丞相魏相らは論功による封侯を主張したが、少府蕭望之は「矯制の専断は前例にすべきでない」と反対し、宣帝はこれを容れて封侯を見送った。
- 車師では侍郎鄭吉が匈奴に包囲されるが、丞相魏相の上書(義兵・応兵・忿兵・貪兵・驕兵の五分類を説き遠征に反対)を容れ、宣帝は常恵を派遣して鄭吉を救出撤退させたが、車師の地は結局匈奴の手に落ちた。
評語
- 霍氏滅亡の根は霍光が霍顕を継室に迎えたことに始まり、子弟の教育を誤ったことにあると総括。宣帝が馮奉世の功を蕭望之の言によって封じなかった一方、許・史・王の外戚には才能を問わず侯封したことを「私に偏する」と批判する。