楊家將演義第十三回 李漢瓊が番将に智勝し、楊令公が遼兵を破る (李漢瓊智勝番將 楊令公大破遼兵)

遂城の偽降作戦、韓匡嗣の大敗

  • 韓匡嗣は密偵を放って様子を探らせるが、様子がおかしいと感じない。護騎尉刘雄武が「城内に伏兵の気配がある、退くべき」と諫め、韓匡嗣もいったんは兵をゆっくり進めさせるが、そこで宋の伏兵の合図の砲声が轟き、李漢瓊が吊り橋を上げて突撃する。刘雄武は李漢瓊に討ち取られ、韓匡嗣は敗走する。
  • 崔彦進・劉廷翰も加わり遼軍を追撃、耶律沙が韓匡嗣を助けて易州へ逃げるが、宋軍はなお追撃し、遼軍は輜重をほとんど失う。耶律休哥のみが中軍で持ちこたえ、無策のまま幽州へ引き上げるよう韓匡嗣に告げる。

韓匡嗣の処罰と再出兵

  • 蕭太后は敗戦の理由を耶律休哥に問い、「宋の詐術に匡嗣がかかった」との説明を受けて激怒し、韓匡嗣の処刑を命じる。耶律沙らの取りなしで一命は助かるが、官職を剥奪され庶民に落とされる。
  • 蕭太后は改めて耶律休哥を主帥、耶律斜軫を監軍とし、十万の精兵で再度の宋討伐を命じる。

楊業の援軍派遣

  • 遂城の劉廷翰は籠城を固め援軍を待つ。汴京では先の勝報に続き遂城再侵攻の報が届き、太宗は「遂城は幽燕の要衝、失えば泽・潞二州も危うい」と憂慮する。楊光美の推挙で楊業が幽州兵馬使に任じられ、五万の兵を率いて救援に向かう。楊業は長子楊淵平に留守を任せ、延徳・延昭を伴い遂城近くの赤岡に布陣する。

遂城での大勝

  • 楊業は耶律沙と対峙。まず騎将劉黒達が楊延徳と一騎打ちとなり、延徳の計略で討ち取られる。次に耶律勝が楊延昭と戦い、これも討ち取られる。(詩:戦場での宋将の武威を詠む一句)
  • 楊業自らも突撃し、耶律沙は敗走する。劉廷翰も加勢し、遼軍は大敗、多くの輜重を奪われる。

瓦橋関攻略

  • 楊業は勢いに乗じ瓦橋関を攻めるべきと主張、劉廷翰は慎重論を唱えるが、楊業は「兵は先手が肝要」として進軍を強行し、瓦橋関を包囲する。
  • 耶律休哥・耶律斜軫は籠城策を取り、楊業らの猛攻にも十数日持ちこたえる。
  • 楊業は自ら偵察し、関の左に敵の兵糧貯蔵地、右に黒水沿いの陣があると見抜く。風の強い夜を狙って火攻めを計画し、郷の古老から間道の情報を得た上で、楊延徳に歩兵五千を率いて間道から火攻めの支度を、楊延昭に馬軍五千で黒水を渡り誘い出す役を命じ、劉廷翰・崔彦進には退却する延昭に呼応して攻撃するよう指示する。
  • 耶律斜軫は宋軍の動きを侮って迎撃の兵を分けるが、楊延昭が渡河中に迎撃されて後退を装う間に、楊延徳の火攻めが発動し、遼の兵糧陣は大混乱に陥る。宋軍は総攻撃をかけ、遼軍は大敗して蓟州へ敗走、瓦橋関は宋軍の手に落ちる。

戦後の判断と遼の増援

  • 楊業は勢いに乗じ燕城まで攻めることを提案するが、劉廷翰は兵糧不足を理由に瓦橋関にとどまるべきと進言し、楊業もこれに従う。
  • 敗れた耶律斜軫は雪辱を誓うが、耶律休哥は「まず主上に増援を求めるべき」と諭す。蕭太后は敗報が続くことに驚き、宋軍を指揮するのが「楊無敵」こと楊業と知って名声を認めつつ、耶律奚底に五万の兵を与えて救援に向かわせる。