東周列國志李国舅が権を争い黄歇を除き、樊於期が檄を伝え秦王を討つ(第百零三回 李國舅爭權除黃歇 樊於期傳檄討秦王)
五国合従、秦を攻めるも失敗
- 龐煖は燕を服させた勢いで斉を除く四国と合従し、春申君黄歇を上将として蒲坂経由で渭南を襲う奇策をとる。呂不韋は王翦の献策で戦力の薄い楚軍への集中攻撃を図るが、糧秣の件で罰せられた牙将甘回が寝返って計画を漏らし、楚軍は撤退。趙軍のみ防ぎきり連合は瓦解、龐煖は怒って斉の饒安を攻めて帰還する。
春申君、都を寿春に遷す
- 諸国から責められ窮した春申君は、食客朱英の勧めで「秦の脅威が迫る前に遷都すべき」と考烈王に進言し、都を寿春へ移す(楚は四度目の遷都)。
- (詩:楚の遷都の繰り返しを詠う内容)
李園の姉妹計略
- 趙人李園は妹李嫣を春申君に献じ、身重にした上で「王后となればさらに貴い」と説いて楚王への献上を計り、春申君も同意して実行。李嫣は双子(捍・猶)を産み王后となり、捍が太子となる。李園は国舅として権勢を振るう。
朱英の警告と春申君暗殺
- 朱英は李園が死士を養っていることを知り、「無妄の福・無妄の禍・無妄の人」を説いて春申君に先手を打つよう勧めるが、春申君は取り合わず、朱英は身の危険を感じて出奔。
- 考烈王が没すると李園は宮門で春申君を暗殺し、太子捍(楚幽王、六歳)を擁立して自ら相国となる。春申君一族は誅され、楚は以後国政が乱れる。
- (詩:李園の陰謀と朱英の慧眼を対比する内容)
呂不韋、趙への報復と長安君の出征
- 呂不韋は合従の首謀者を龐煖とみなし、蒙驁・張唐に趙を攻めさせ、続いて長安君成嶠・樊於期を後詰めとして派遣する。
堯山の攻防
- 龐煖は扈輒に堯山を確保させ、秦の張唐と激戦。趙軍は紅旗の合図で包囲する策を用いるが決着つかず、両軍は睨み合いとなる。
樊於期、成嶠に叛意を吹き込む
- 樊於期は成嶠に「今の秦王政は呂不韋の実子であり、正統な後継者は成嶠自身だ」と説き、決起を促す。成嶠は激して従い、樊於期は檄文を発して秦国内外に布告する。
- (檄文の要旨:呂不韋が太后との間に生ませた政を王に立てたと訴え、成嶠の挙兵の大義を宣言する内容)
- 秦王政は激怒し、呂不韋の勧めで王翦・桓齮・王賁を派遣して討伐させる。
蒙驁の敗死
- 趙攻めから撤退する蒙驁を龐煖・扈輒が伏兵で挟撃し、蒙驁は奮戦の末に龐煖を射るも囲まれて戦死。龐煖も矢傷が癒えぬまま後に没する。
屯留での攻防
- 王翦は屯留・長子・壺関を分担して攻め、成嶠配下だった楊端和を偽って城内に潜入させ、樊於期の説得工作を進める。樊於期はなお決戦を主張し、両軍は決着へ向かう。