唐史演義愛妃を恋い長生殿に密誓す/胡児を寵し望春亭に親しく餞す(50 戀愛妃密誓長生殿 寵胡兒親餞望春亭)

楊貴妃、梅妃の詩を咎める

奪い取ったのは楊貴妃であった。梅妃の《楼東賦》を読んだ貴妃は激怒し、梅妃を死罪にすべきと迫るが、玄宗は取り合わず、貴妃はそれ以後も日々玄宗に当てつけがましく振る舞う。

紫玉笛の一件と貴妃の一時追放

ある宴で嗣寧王璡の笛の音に心を動かされた貴妃が、彼の紫玉笛を勝手に吹いたことを玄宗に咎められる。貴妃は「梅妃の鞋の一件は不問にしたのに」と反論して口論となり、玄宗は激怒して貴妃を楊国忠邸へ送り返してしまう。

吉温の諫言と貴妃の復帰

楊国忠の依頼を受けた吉温が玄宗に「貴妃を宮外で辱めるより宮中で処断すべき」と婉曲に諫めたことで玄宗の心が動く。貴妃も自らの髪を一房切って玄宗への忠誠を示すと、玄宗はこれに感じ入り貴妃を宮中に召し戻し、いっそう寵愛を深めた。

華清宮の温泉行幸

以後、玄宗は貴妃や楊氏一族を伴ってたびたび華清宮温泉に行幸し、贅を尽くした行列と宴を催した。入浴後の貴妃の肌に玄宗が戯れに触れる場面や、貴妃が霓裳羽衣曲を舞う様子が描かれる。

七夕、長生殿の密誓

七夕の夜、貴妃は玄宗を誘って長生殿で乞巧の儀式を行い、「生々世々夫婦とならん」との誓いを立てさせた(貴妃自身も「約束を違えれば天に見放されよう」と誓う場面が、後の破局を予兆する伏線として描かれる)。

沈香亭の牡丹と李白の《清平調》

牡丹の盛りに玄宗は貴妃と沈香亭で観賞の宴を開き、酒に酔った詩人李白を召して即興の詩《清平調》三首を詠ませ、大いに喜んで自ら笛を吹き貴妃に琵琶を弾かせて興じた。李白はさらに渤海からの国書に和して返書を書く際、楊国忠に墨を磨らせ高力士に靴を脱がせるという無礼を働き、両者の恨みを買う。高力士は後に「飛燕に喩えるとは無礼」と貴妃に讒言し、貴妃も自身と安禄山の密通を連想して疑心を抱き、李白は疎まれて宮廷を去ることになる。

楊国忠一族の専横

楊国忠は権勢を誇り、楊氏の従僕が広寧公主とその夫を鞭打つ事件も起きたが、玄宗は形ばかりの処分で済ませた。国忠は虢国夫人と私通を続け、兄妹で公然と同車するなど淫靡な振る舞いが世間の批判を浴びた。息子の暄も不正な手段で戸部侍郎に取り立てられた。

天災の隠蔽と高力士の諫言

関中で水害・旱害が続いたが、国忠は嘉禾を捧げて実害なしと偽り、実情を報告した地方官を処罰させたため誰も災害を口にしなくなった。高力士だけが玄宗に「政事の乱れが天災を招く」と婉曲に諫めたが、玄宗は結局国忠を罷免しなかった。

安禄山の疑惑と召還

安禄山が三鎮を兼ねて増長すると楊国忠は警戒し、哥舒翰を優遇して対抗させようとした。国忠は玄宗に禄山を召し出させて謀反の意志を確かめようとしたが、禄山は逆に速やかに入朝して疑いをかわし、玄宗の国忠への不信を深める結果となった。禄山は宰相就任こそ国忠の妨害で叶わなかったものの、尚書左僕射・実封千戸を得て意気揚々と范陽へ帰任、玄宗自ら衣を脱いで着せかけるほどの厚遇を受けた。

韋見素の献策とその挫折

禄山が蕃将で漢人将を入れ替えようと上奏したことに対し、同平章事韋見素は国忠と諮り、禄山を宮中に留めて実権を分散させる策を献じたが、玄宗は密使の虚偽の報告を信じて禄山を疑わず、この策も実行に移されなかった(詩:狼子の野心を見抜けぬ主君の危うさを歎く)。

評語

「当断不断、反受其乱」の格言の通り、玄宗は楊貴妃にも安禄山にも決断を欠いた。貴妃を宮外に出したまま召し戻さなければ禍根は絶てたはずであり、禄山を召還したまま鎮に戻さなければ兵権は削げたはずである。しかし両方とも断を欠いたために、後の内乱・外乱を招いた。楊貴妃の寵愛が楊国忠の入相を招き、国忠の専権が安禄山の乱を早めたのであり、すべては玄宗が色に溺れたことに端を発する、と結ぶ。