鐵冠圖全傳第十回 剣山口で豪傑功を立て、汴梁城で虎将敵を破る (劍山口豪傑立功 汴粱城虎將破敵)

洪承疇の論功行賞

  • 洪承疇は周遇吉・白凱が賊を生け捕りにした功を喜び、賊の口供を取り調べる。李闖の妻周氏(李闖の子を身ごもっている)、満天星の妻柳氏、老回回の妻巴氏らを捕らえ、奪った財物はすべて軍餉に納めさせ、周遇吉らの清廉と武勇を称える。
  • 洪承疇は二通の上奏文を送り、周遇吉・白凱の論功行賞と、左良玉を河南総兵に抜擢し湖広・山西の流賊掃討にあたらせることを願い出る。周遇吉は潼関参将、白凱は固原参将に昇進。左良玉は十万の兵を率いて張献忠討伐に向かう。

汴梁包囲と苦戦

  • 張献忠は三十万の兵を擁して屠殺を重ね、陳永福が杞県の土賊討伐に出た隙をついて汴梁を包囲。陳永福は急ぎ引き返して城外五里に布陣するが、十二の連営・十六万の賊兵に包囲され、劫営を試みて賀一龍に大敗、重傷を負う。

左良玉の奇策

  • 左良玉が河南総兵として来援し、陳永福と共に賊営を偵察。左良玉は正面攻撃を避け、驢馬・犬に紙人形と甲冑を負わせ、尾に硝黄と桐油を仕込んで火をつけ、鈴をつけて賊営に放つ計を提案する。
  • 夜襲と誤認した賊軍は同士討ちを起こし、数万の死傷者を出す。張献忠はこれに気づき、以後は同様の奇襲があっても動じぬよう命じる。

決戦と大勝

  • 左良玉は二晩同じ策を繰り返して賊を油断させたのち、三晩目に本物の夜襲を敢行。白装束の三千を城攻めに、伏兵一万を周囲に配し、号砲を合図に総攻撃をかける。油断していた張献忠軍は大混乱に陥り、左良玉自ら本営に斬り込む。
  • 官兵一万三千で流賊二十七万を討ち取り、三万余を生け捕り、莫大な財物を得る大勝となった。張献忠は五万の残兵を率いて黄州に逃れ、さらに山西の羅汝才のもとへ落ち延びる。
  • 左良玉は追撃を優先し、陳永福の慰労の宴を辞して兵を分けて黄州・蘄州・襄陽を守らせつつ捜索を続けた。杞県で討ちきれなかった二人の土賊が、後に驚くべき事件(騾子の公堂での訴え)を引き起こすことになる。