鐵冠圖全傳第二十一回 女将軍相次いで賊兵を破り、賢君四伯爵を封ず (女帥連敗兩賊兵 賢君大封四伯爵)

太原陥落後の李闖の進軍

  • 太原を得た李闖は、老神仙を厚く賞し張雄を頭目に取り立てる。武帝廟で殉節した蔡懋德・応時中には棺を用意させ、忠義を讃えた。
  • ただちに陝西へ兵を返し、米脂県を目指す。潼関には孫昂・李雙喜ら十頭目に十二万の兵を預けて先発させ、自らは三十三万の主力を率いて米脂県へ向かう。

秦良玉との遭遇

  • 途上、大纛に「良玉」の文字を見て左良玉の軍かと恐れる。実はこれは苗洞の女主・秦良玉の軍だった。
  • 経緯:張献忠は湖広へ戻り妻子を救おうとしたが、既に左良玉に捕らえられ根拠地も焼かれていた。陳宏范と合流した官軍に敗れた張献忠は四川へ逃げ夔州を攻めるが、秦良玉が出兵しこれを撃退、方元吉の軍とともに追撃する。
  • 追撃は二手に分かれ、方元吉は東北へ、秦良玉は東南へ進む。秦良玉は険路を経て李闖の軍と遭遇し突撃、李闖は左良玉の兵と誤認して落ち延びる。女帥は深追いせず延綏に留まり、捕らえた賊は総兵陳奇瑜に託して献上させ、自らは四川へ戻った。
  • 李闖は太原へ逃げ戻る途中、秦良玉に敗走した張献忠の軍と出会う。牛金星の勧めで両者は合流し、方元吉の追撃を退けたのち、張献忠は河南から、李闖は山西から北京を目指す二路進撃を約す。

崇禎帝、四伯を封じる

  • 各地からの急報が崇禎帝のもとに届く。疫病の流行、異変、皇陵の被害、孫伝廷の戦死、福王の惨殺、太原陥落と蔡懋德らの自尽、河南各地の陥落など、悲報が相次ぐ。
  • 陳奇瑜からは秦良玉の勝報と献俘の奏本、左良玉からは河南・湖広の窮状と兵糧要請の奏本も届く。
  • 帝は兵も財も乏しいことを嘆くが、劉従周の進言により良将を選び要地を守らせる方針を決め、左良玉を寧南伯、黄得功を靖南伯、呉三桂を平西伯、周遇吉を定西伯に封じ、それぞれに褒賞を与えた。

周遇吉、寧武関を固める

  • 周遇吉は封を受けると、李闖が山西に再侵入し河東・平陽を落として八十余万の賊勢を集めたと聞き、諸将を配して寧武関の防備を固める。寧武関は北京の咽喉にあたる要衝で、これを抜かれれば大同府に至る。
  • 李闖は周遇吉の威名を恐れ、大同への近道である寧武関を避け、遠回りの平陽方面を進もうとする。牛金星は、遠回りせずとも計略で寧武関を難なく得られると献策し、その策を語り始める。