樵史通俗演義第十七回 逆秉、贓を寄せ慌てて陥落し、客氏、愛を割き泣いて縊死す (逆秉寄贓慌落陷 客巴割愛泣投繯)

魏・崔両家の抄没

  • 河間府の推官らが魏忠賢の縊死を検視し、遺留品を接収した。追跡していた金銀珠玉を積んだ車も押収された。
  • 朝廷では魏忠賢・崔呈秀の死を喜ぶ声が多い一方、罪の重さからすればこの死に方は生ぬるいとの批判もあり、魏良卿・客氏の不正蓄財を摘発すべきとの上奏が出された。
  • 崇禎帝は魏忠賢・客氏の家産を厳しく調査するよう命じ、太監張邦紹らが皇城内の私邸を没収した。
  • 魏良卿・客氏側も没収を予期して財貨を親戚宅へ密かに移していたが、その一部は密告により発覚し官に没収された。
  • 客氏は禁城を脱出し、息子の侯国興を残して身軽に逃れた。
  • 肅寧の邸宅からも財貨が押収され、その額は膨大であったが、平素国と民を蝕んで築いた富も、最後には何一つ残らなかったと語られる(詩:驕奢を尽くした末に一文も残らぬ空しさを詠む)。

崔呈秀家の抄没

  • 崔呈秀にへつらって贈答品に自らの名を刻んでいた者たちは、抄没によってそれが露見することを恐れて狼狽した。
  • 御史らの弾劾を受け、崇禎帝は崔呈秀の家財没収と厳しい調査を命じた。順天巡撫らが東西の邸宅を捜索し、莫大な銀・金が発見された。
  • 息子の崔鐸は拷問により隠し財産の在り処を白状させられ、京師の邸宅からも大量の金銀器・宝玉・反物などが摘発され、目録が作成されて朝廷に献上された(詩:蓄えた財も結局は朝廷のものとなった皮肉を詠む)。

田爾耕一族の顛末

  • 都察院司務の許九臯が、魏忠賢一党の田爾耕による横暴・強奪を弾劾する上奏を行い、崇禎帝は田爾耕の官籍剥奪と家産没収を命じた。
  • 田爾耕の長男は父や三男の悪行を諫めても聞き入れられず、災いを予感して蘇州の友人との縁を清算し、自らの妻子を岳家に避難させたうえ、書画のみを携えて単身出奔した。
  • 数日後、御史が田家を抄没し、田爾耕・次男・三男は捕らえられ、家財はすべて没収された。長男が助けた友人も財を失い、結局誰も恩恵を受けられなかった(詩:忠告を聞かなかった一族の没落を詠む)。

客氏の最期

  • 客氏は東直門外の別荘に潜み、寵愛する者たちと酒色に耽っていたが、息子の投獄や肅寧邸の没収の報を聞き、皇后の恨みを買っていることに恐怖を覚えた。
  • 自暴自棄になった末、その夜のうちに汗巾で縊死した。取り巻きの者たちは金品を盗んで逃げ去り、遺体は数日後にようやく収殮された(詩:栄華を極めた美女の哀れな最期を詠む)。