樵史通俗演義第十六回 奸臣、娋姫を得て身を殞し、悪璫、義ありて殉死す (奸臣得娋姬殞身 惡璫有義閹殉死)
崔呈秀の失意
- 崔呈秀は失脚して帰郷したが、官籍を削られ、息子の挙人資格も取り消され、妾は奪われ、金銀も奪われて意気消沈していた。
- 面会に来る者は多く仮病で避け、日夜寵妾の蕭靈犀と情事にふけって憂さを晴らしていたが、精気を消耗して幻覚を見るようになっていた。
崔呈秀・蕭靈犀の心中
- 魏忠賢が鳳陽へ護送されるとの報が入り、崔呈秀は「柱が倒れれば支えようがない」と嘆いた。
- 続けて「崔呈秀は九卿に会勘させる」との聖旨が届くと、崔呈秀は自ら死を選ぶ覚悟を固めた。蕭靈犀は賄賂で助命を図るよう勧めたが、崔呈秀は今の朝廷には金も権勢も通じないと退けた。
- 蕭靈犀は共に死ぬ覚悟を語り、崔呈秀は大夫人や侍妾たちに、子や財産の後始末を言い残した。
- 翌日、校尉が来るとの噂を聞き、崔呈秀は自死を決意。蕭靈犀にも先に落ち延びるよう勧めたが、蕭靈犀は恩義から共に死ぬ意志を変えなかった。
- 二人は酒を酌み交わした後、崔呈秀は梁に帯を掛けて縊死し、蕭靈犀も剣で自らの首を切って後を追った。
- 大伯の崔鍾秀が知州に届け出て検視が行われ、二人の死は正式に上申された。
魏忠賢の最期
- 魏忠賢は多数の輜重と兵卒を連れて鳳陽へ向かっていたが、その道中の様子が京師に伝わった。通政使の楊紹震は、魏忠賢が武装した亡命者を率いて叛逆同然の勢いを見せていると上奏し、早期の処断を求めた。
- 崇禎帝はこれを受け、魏忠賢を鳳陽へ護送する任を錦衣衛に厳命し、随行者も逃さず捕えるよう命じた。
- 護送の勅命が発せられると、李永貞が魏忠賢に急を知らせた。魏忠賢は李朝欽と共に阜城県まで来ており、報せを受けて涙を流した。
- その夜、魏忠賢は李朝欽に、もはや後ろ盾もなく、京へ連行されれば恥辱の末に処刑されるだけだと語り、自ら命を絶つ意向を伝えた。李朝欽も供に死ぬ覚悟を述べた。
- 外では魏忠賢を風刺する俗謡(詩:栄華の日々と今の落魄を対比し、死を暗示する内容)が歌われ、二人はそれを聞いて一層惶愧し、その夜のうちに揃って縊死した。
- 翌朝、監押官の劉応選が異変に気づき、魏忠賢の死を確認すると、まず金品を密かに持ち出したうえで「魏忠賢が逃げた」と叫んで逃走した。
- 残った監押官の鄭康升は事情を悟らぬまま、地方官に届け出て検視・上申の手続きを進めた。