說唐第四十回 羅成は力戦して状元の首位を奪い、雄闊海は千金閘の下敷きになり死す (羅成力搶狀元魁  闊海壓死千金閘)

演武場の乱戦

揚州の演武場では監軍・封徳儀が武状元の盔甲袍帯を賭けて武芸比べを開く。山後定陽王配下の甄翟兒が段達・彭虎・暴天虎を次々と討ち取るが、王伯当の矢に倒れる。続いて鉄木金・伍雲召・左雄らが乱戦となり、伍雲召は左雄の異馬「没尾駒」の尾撃ちに討たれ、秦叔宝も呼雷豹の黒煙で辛くも左雄父子ならぬ左雄と没尾駒を仕留める。金徳明が叔宝に鎚を当てるが、羅成が槍で仕留める。

作中の武勇順位が示され、羅成は李元霸・宇文成都・裴元慶(既に死亡)・雄闊海(未到着)・伍雲召・伍天錫(いずれも死亡)に次ぐ「第七の好漢」とされ、四十二人の将を槍で打ち破って武状元の盔甲袍帯を得た。

千斤閘と雄闊海の犠牲

仕込んだ地雷の導火線が湿って不発に終わったことで反王たちは異変を察し、城外へ逃げ出す。ちょうど到着したばかりの雄闊海が城門に落ちてきた千斤閘を素手で支え、諸王・諸将をすべて脱出させた。しかし一昼夜駆け通した疲労と空腹のため力尽き、閘の下敷きとなって圧死した。

龍鱗山の伏兵

逃れた諸王が龍鱗山にさしかかると楊林の伏兵が現れる。楊林自ら羅成と戦うが、羅成の「回馬槍」(偽って逃げつつ振り返って刺す技)に喉を貫かれ絶命。続いて殷岳が秦叔宝と三十合以上渡り合うが、叔宝の隠し鐧に打たれ、槍でとどめを刺された。伏兵は退けられ、諸王はそれぞれの国へ帰った。

煬帝の最期

計略の失敗と楊林の死を知った煬帝は自らの滅亡を悟り、蕭后らと自棄酒に耽り、鏡を見て「この頸を誰が斬るのか」と嘆く。中原を捨てて江東に逃れる決意を固め、丹陽宮の造営を命じる。

一方、宇文化及は隋の天命が尽きたと見て簒奪を謀り、宇文成都に宮中を襲わせる。虎衛将軍・独孤盛は抵抗するが成都に討たれ、皆が降伏する。逃げた煬帝は令狐行達に連れ戻され、成都に弑逆の罪を糾弾されたのち、刃を用いず縊り殺される。皇族も皆殺しにされ、宇文化及は帝位に即き国号を大許と定め、成都を武安王、智及・士及を左右丞相に封じた。