說岳全傳第七十四回 罪を赦し功を封じ帝は岳王の墓を祭り、奸を糾し罪を定め棲霞嶺で正法に処す (赦罪封功御祭岳王墳 勘奸定罪正法棲霞嶺)

秦檜夫妻の最期と代替わり

  • 秦檜の死後、妻・王氏は金軍の再侵攻を知り金国へ逃亡しようと企むが、秦檜の亡霊と獄卒が現れて彼女を打ち倒し、そのまま悶死する。
  • 高宗は金軍侵攻の急報に接し、岳飛の霊が乗り移った羅汝楫が「岳飛が参ります」と口走ったことに驚愕して倒れ、まもなく崩御する。孝宗が即位する。

孝宗による名誉回復

  • 元帥張信が孝宗に、奸臣処罰・岳王廟建立・岳氏一門の赦免と岳雷の父職世襲・牛皋ら太行山勢力の招安・旧臣の復職という五つの施策を進言し、孝宗はこれを採用する。
  • 岳氏一門は雲南で赦免の詔を受け、苗王李述甫も祝いに訪れ岳霖と雲蛮の縁を正式に結ばせる。牛皋も李文昇の招安に応じ、雲南で岳夫人と合流したうえで帰京することにする。
  • 岳夫人一行は臨安に至り、孝宗に謁見。岳飛の妻は一品鄂国夫人に、四子は侯爵に、牛皋ら諸将も各々の官職に封じられ、岳雷は父の職を継ぐ。
  • 孝宗自ら岳王墓に詣で御祭を行い、岳飛を鄂国公、岳雲を忠烈侯、銀瓶小姐を孝和夫人、張憲を成義将軍などと追封する。
  • かつて岳飛の遺体を密かに葬った王能・李直が墓前に現れて喪服を脱ぎ、感謝を受けぬまま姿を消す(後に出家したと伝えられる)。

奸臣断罪

  • 周三畏と牛皋が秦熹・張俊・万俟卨・羅汝楫を尋問し、いずれも罪を互いになすりつけようとするが厳しく罰せられ、死罪と一族の嶺南流罪が決定される。
  • 秦檜夫妻の墓を暴いて梟首し、張俊・秦熹・万俟卨・羅汝楫を岳王墓前で処刑することとなる。鉄で秦檜・王氏・張俊・万俟卨の像を鋳造し、墓前に跪かせて民衆の怒りを晴らす。
  • 処刑当日、墓の外で大きな叫び声が起こり、何事かと騒然となる。