說岳全傳第六回 瀝泉山で岳飛は廬墓に服し、乱草岡で牛皋は追い剥ぎをする (瀝泉山岳飛廬墓 亂草岡牛皋剪徑)

(詩:漂泊の身を嘆きつつも、天下に名を挙げたいという志を詠む)

名馬と師の急死

  • 洗い清められた馬は全身真っ白の逸品と判明する。岳飛は李春に礼を述べ、帰路、周侗と競うように馬を走らせて汗ばむ。
  • その夜、周侗は体調を崩し、寒熱を発して寝込む。岳飛は付きっきりで看病するが、七日目に病は重篤化する。
  • 周侗は岳飛に持参の荷物を取り寄せさせ、諸員外に後事を託し、瀝泉山東南の小山に葬ってほしいと王員外に頼む。王員外はこれを承諾し、周侗は「賢弟たちの子が名を成すには鵬挙(岳飛)が必要だ」と言い残して息を引き取る。宣和十七年九月十四日、享年七十九。

廬墓とその解散

  • 諸員外は葬儀を執り行い、瀝泉山のそばに埋葬する。岳飛は墓のそばに廬を建てて喪に服す。
  • 清明節、諸員外が息子たちを連れて墓参りに来る。王員外は岳飛に老母のために家へ帰るよう勧めるが、岳飛は応じない。業を煮やした王貴・湯懐・張顕が廬をわざと取り壊してしまい、岳飛はやむなく墓参りの礼を済ませて共に帰ることになる。

乱草岡の一件と牛皋

  • 帰り道、四人は酒を酌み交わしていると、草むらに隠れていた旅人の一団に出くわす。彼らは「亂草岡」に出没する強盗を恐れて隠れていたと説明し、立ち去る。
  • 好奇心から兄弟たちは強盗の様子を見に行こうと言い出し、岳飛も渋々同行する。強盗は屈強な大男で、旅人たちを脅して金品を要求していた。
  • 岳飛は素手で強盗と渡り合い、機転を利かせて相手を挑発し、拳の勝負に持ち込んで一蹴で倒す。強盗は面目を失い自害しようとするが、岳飛が止める。
  • 名を名乗り合うと、強盗は牛皋といい、陝西の出身で、亡父の遺言により周侗を頼ってこの地まで母と旅してきたが、路銀のために盗賊の頭目を討ち取り身代わりに山賊働きをしていたことが判明する。
  • 岳飛は周侗が既に亡くなったことを牛皋とその母に伝える。牛母は落胆するが、岳飛の勧めで王家荘に同居することになり、牛皋も四兄弟と義兄弟の契りを結び、岳飛から武芸を学ぶ。

探りに来た里長

  • ある日、五兄弟が稽古をしていると、木立の陰から様子をうかがう人影があった。王貴が誰何すると、その人物は前に出て事情を語り始める。