民國演義第四十七回 袁公子、堅く故軍統に請い、梁財神、請願団を発起す (袁公子堅請故軍統 梁財神發起請願團)

段祺瑞の失脚

  • 段祺瑞は兵権を奪われ不満を募らせ、日中交渉でも主戦論を唱えて袁の警戒を招いていた。徐世昌との会見後、袁は段の更迭を決意する。

籌安会の通電

  • 克定が持参した籌安会の各省宛通電を袁に示す。通電は君主・民主の得失を論じ、共和の混乱と君主立憲の優位、元首の地位を安定させる必要性を説き、共和廃止・君主制樹立を主張する内容である。

王士珍の擁立

  • 克定は段の後任として王士珍(袁の小站練兵以来の旧知で、当時は隠棲中)を推挙し、自ら正定へ赴いて説得する。王は固辞するが、克定が二度にわたり訪ね、跪いて懇願するに至り、ついに承諾する。段祺瑞は陸軍総長を免ぜられ、王士珍が後任に就く。

梁士貽の台頭

  • 資金調達のため、袁は元秘書長・梁士貽(通称「梁財神」)を登用する。梁は中国・交通両銀行に紙幣を濫発させ、準備金を袁のもとに流用して帝制運動の資金を作り出す。
  • 粤派の梁士貽と皖派の楊士琦が政界で勢力を争う構図も紹介される。

「民意」の利用

  • 梁士貽は「民意を利用する」という策を袁に説き、参政院を上級の民意機関、新設の公民請願団を下級の民意機関として使い、上下から帝制への支持を演出する構想を語る。
  • 梁は沈雲霈・張鎮芳・那彥圖らを招集し、公民請願団の結成を協議する。籌安会の「学理研究」路線とは一線を画し、直接的な請願運動を掲げる。
  • 会長に沈雲霈、副会長に張鎮芳・那彥圖を推し、文牘・会計・庶務・交際の各主任も選出する。宣言書の作成に取りかかったところで、湖北から一人の人物(袁の義子)が上京し、帝制運動に加わろうとする。
  • (対句:義理の子が義を尽くそうとする一方で、その裏で功を競う者たちの思惑が交錯する様を暗示)

評語

  • 王士珍は隠棲を貫くべきであったが、袁公子の懇願に絆されて出仕したことは、友誼のためとはいえ隠者としての志を損なうものであった。
  • 梁士貽は王士珍以上の才知を持ちながら、その才を帝制推進という私利私欲のために用い、名を汚した。利禄への執着が人を誤らせる典型として描かれる。