民國演義第四十八回 義児北上して侶を引き朋を呼び、詞客南来して声を直にし抗議す (義兒北上引侶呼朋 詞客南來直聲抗議)

段芝貴の由来

  • 湖北からの人物とは、鄂督代理・段芝貴である。彼が「御乾児(義理の息子)」と呼ばれる経緯が語られる。かつて微官であった段芝貴は、袁の側近・阮忠樞の手引きで天津の名妓・柳三兒を袁に献上し、袁の寵愛と信頼を得た。柳三兒は袁の第四夫人となり、段芝貴は袁の全軍総提調に抜擢される。以後、段は袁を「義父」と呼び、袁もこれを黙認する。
  • 段芝貴は後に楊翠喜事件(賄賂事件)に連座して一時失脚するが、民国成立後は総統府に返り咲き、癸丑革命鎮圧の功で鄂督代理に就いていた。

請願聯合会の結成

  • 帝制の動きを知った段芝貴は急ぎ上京し、朱啓鈐・周自齊・唐在禮ら多数を集めて独自に帝制運動を画策する。籌安会と勢力を競うが、資金力に勝る梁士貽(梁財神)の公民請願団と合流し、「請願聯合会」を結成する。
  • 宣言書の要旨は、全国各省・各団体が共和に代えて君主立憲を望む請願を重ねてきたとし、これらを統合して請願を進めるべきというもの。
  • 会則十一条を定め、会長・副会長・理事・参議・幹事の体制、事務所を安福衚衕に置くことなどを規定する。
  • 段芝貴・梁士貽・沈雲霈らが役員構成を協議する。梁士貽は「各省官吏に密電一本打てば賛成させられる」「在京の官僚に親戚縁者の名を連ねさせれば請願書は容易に量産できる」と、請願運動の裏側にある実態を得意げに語る。上海の新聞対策にも金で買収する算段が語られる。

梁啓超の反対論

  • 請願書が続々と参政院に提出される中、参政院長・黎元洪は帝制反対の立場ながら軟禁同然の身で沈黙を強いられている。
  • 元司法総長・梁啓超が上海で「異哉所謂国体問題者」という論文を発表し、帝制運動に真っ向から反対する。要旨は、君主の権威は一度共和によって損なわれれば容易に回復し得ない、共和から君主へ戻ることの困難さを歴史的実例を挙げて論じ、現状での帝制断行を強く戒めるというもの。国政の頻繁な変更が国民を惑わせ、政府の威信を失わせていると批判する。
  • 梁啓超の文章は世に評判となり、袁の耳にも入る。袁は激怒するが表立って手を出せず、楊士琦を参政院に派遣し、あえて帝制に反対する政見を表明させる。
  • (詩:袁が推進しながら表向きは辞退を装う欺瞞的な態度を皮肉る内容)

評語

  • 籌安会や請願聯合会の宣言書は理屈が乏しく人を動かす力に欠けるが、梁啓超の一文は理を尽くしており説得力に富む。義理の子(段芝貴)の権勢や財神(梁士貽)の金力をもってしても、官職を失った一文士の言論には敵わなかった。梁啓超の議論にはなお旧時代の保皇思想の名残があるとの評もあるが、その比喩と論理は依然として説得力を持つとされる。