舊唐書卷一百八十三 列傳第一百三十三 竇覦

外戚としての栄達と急死

  • 竇覦は昭成皇后の族侄である。父の竇光は華原尉。覦は親の廕により右衛率府兵曹参軍から起家し、鄜坊節度臧希譲の判官として累授され監察殿中侍御史・検校工部員外郎・坊州刺史に至った。興元元年、李懐光を河中に討伐した際、詔により坊州兵七百人を邰陽に屯させ、賊平定後の功で御史中丞を兼ねた。同州刺史に遷り入朝して戸部侍郎となった。
  • 覦は特に才能があったわけではないが吏として計数に長け、韓滉の娘婿であったため藩府に招かれ牧守を歴任した。宰相竇参は覦の再従侄にあたり、参は若い頃覦を頼りにしており参が政を執ると強く朝廷に推薦したため戸部侍郎の拝命を得た。数月後、揚州大都督府長史・御史大夫・淮南節度副大使知節度事となったが正当な功によるものでなく人々に軽んじられた。赴任十日で急死し、礼部尚書を贈られた。