舊唐書卷一百七十九 列傳第一百二十九 崔昭緯

専横と誅殺

  • 崔昭緯、清河の人。祖は庇、滑州酸棗県尉。父は巘、鄂州観察使。昭緯は進士に及第し、昭宗朝で中書舎人・翰林学士・戸部侍郎・同平章事を歴任した。性は姦纎で、自分より先んじて達した者を忌んだ。内には宦官と結び外には藩鎮と連なり、朝廷が微弱なのに乗じてその援を頼み君主を凌いだ。昭宗は明察の君でこれに堪えられなかった。
  • 三鎮の将兵を誘って闕に至らせ宰輔・内臣を賊殺させたことで、帝は深く歯噛みした。太原の軍が行瑜を誅すると罷相となり右僕射を授けられた。その後さらに汴州に托附したとして、再び梧州司馬に貶され、ほどなく制を降して罪を数えられた(内容は五つの罪状――機密漏洩、韋昭度・李谿殺害への加担、行瑜敗滅後の変節・托附、諸王への賄賂工作、貶所での留連・藩鎮攪乱――として詳述され、「自尽を賜う」との結びとされた)。当時昭緯は荊南に向かう途中であったが、中使が至りその場で斬られた。

崔昭緯兄 昭符

  • 兄の昭符は礼部尚書に至った。昭願は太子少保、昭矩は給事中、昭遠は考功員外郎となった。