舊唐書卷一百五十二 列傳第一百二 高固

渾瑊の養子として名を成した勇将

  • 固、高侃(永徽中の北庭安撫使、車鼻可汗生擒の功臣、安東都護)の後裔。微賤の身で叔父に売られ渾瑊の家奴(黃芩)となったが、機知に富み膂力に優れ騎射を能くし『左氏春秋』を好んだことから瑊に実子同様に愛され乳母の娘を娶らされ、『左伝』の高固に因み改名された。
  • 渾瑊に従い朔方で従軍、徳宗の奉天行幸の際、賊が東壅門に突入した折、固は長刀を振るい数賊を斬り車で門を塞ぎ一騎当千の働きを見せ渤海郡王に封じられた。李懷光反乱後の徳宗の梁漢再幸に際し、懷光の留後張昕が邠寧の兵一万余を河中援助に動員しようとした際、固は隙を突いて張昕の陣に突入し斬首した。檢校右散騎常侍・前軍兵馬使。貞元十七年、節度使楊朝晟の死後に軍中に推され檢校工部尚書、順宗即位で檢校禮部尚書、憲宗朝で檢校右僕射、のち統軍・檢校左僕射・兼右羽林統軍。元和四年七月卒し贈陝州大都督。