舊唐書卷一百四十四 列傳第九十四 李廣弘

謀反未遂

  • 廣弘は宗室王胤とも伝えられ、出家僧として五嶽四瀆の神に見え自らを人主に擬した。貞元三年、市人董昌の仲介で資敬寺尼智因の室に寓し、殿前射生將韓欽緒・李政諫・南珍霞や神策將魏修・李傪ら、越州參軍の陸氏兄弟らと謀反を計画。十月十日の挙兵で凌霄門で鼓を打ち飛龍廄の草積を焼き、街鼓で城中を集め射生・神策の内応を得て朝官を殺す計画であったが、魏修・李傪が変事を密告、内官王希遷らが捕らえて誅殺した。以後、徳宗は寺観への出入りを禁じた。