洪秀全演義第三十六回 大節を全うし三将神に帰し、九江を抜き天王武を用う (完大節三將歸神 拔九江天王用武)

天津籠城と溫大賀の献策

林鳳翔は溫大賀に天津の守りを託し、自身は城外に陣を敷いて犄角の勢いをとった。溫大賀は孤城を長く守るのは難しいとして李開芳への救援要請を勧めたが、林鳳翔は清軍への夜襲を主張。溫大賀は僧格林沁が伏兵を張って待ち構えていると警告したが、林鳳翔は聞き入れず夜襲を決行することにした。

劫寨の失敗と朱錫琨の戦死

林鳳翔の夜襲は僧格林沁の伏兵に遭って大敗した。同じころ朱錫琨は勝保軍と対峙していたが、桂良の援軍も加わって苦戦し、捕虜の辱めを恐れて自ら短槍で命を絶った。天津は四方を清軍に囲まれ、糧食も次第に尽きていった。

林鳳翔の突囲戦と壮絶な最期

溫大賀は籠城の限界を説き、林鳳翔に突囲を勧めた。林鳳翔は決戦を決意し、突囲戦で副都統托陵や默特らを討ち取るなど奮戦したが、僧格林沁の大軍に包囲され味方は次々に討たれた。曾立昌の援軍も桂良・默特連合軍に敗れて絶望的となる。部将李文祥は身代わりとなることを申し出たが、林鳳翔はこれを固辞。追い詰められた林鳳翔は小山の上で自ら剣を取り、六十五歳で自刃した。(詩:林鳳翔の武勲と壮絶な最期を悼む詩、および北伐での転戦ぶりを振り返る古風の詩が挿まれる)

溫大賀の殉節

林鳳翔敗死の報に接した溫大賀は、城を枕に討死しても無益と考え、僧格林沁に住民を殺さぬよう求める遺書を残して自ら縊死した。僧格林沁はこれに感じ入り、入城後は住民に危害を加えず、投降した天国側の将校の罪も問わなかった。(詩:溫大賀の忠義を称える詩)

李開芳の敗死と北伐軍の壊滅

林鳳翔救援に向かった李開芳は、僧格林沁・勝保の連合軍に敗れて負傷し、捕らえられて北京へ護送される途中で死去した。(詩:李開芳の武勲を偲ぶ詩)北伐軍は林鳳翔・李開芳・吉文元をすべて失って壊滅、曾立昌・黄隆才は残兵を率いて河南へ敗走した。李秀成は山東からの撤退を決意して天王に上奏し、天王は三将を失ったことを深く嘆いた。

洪天王の九江攻略

李秀成は南京に帰還し、天王と今後の方針を協議した。まず両湖・皖贛の地盤を固め、石達開を陝西・山西方面へ向かわせて清の北軍を牽制し、天王自らは九江を攻めることを決定。天王は林啟榮・陳芒其を先鋒に九江へ進み、夜襲によって城壁を爆破、彭玉麟・李元度の守備軍を破って九江を陥落させた。天王は九江陥落を陳玉成に知らせ、陳玉成はこれを機に南昌攻略を決意し、南康の兵と合流して進発した。