金史卷七十八 列傳第十六 劉頍
高官を歴任した実務官
- 大臣の子孫として閤門祗候から莘県令、承奉班都知、西上閤門副使兼宮苑令を歴任、宋の賀正旦使応対における儀礼の細部(拝礼の作法)を厳格に確認した。南苑にあった旧家(劉怦)の墓の改葬を命じられ銭三百貫を賜った。右宣徽使・左宣徽使を歴任し致仕を願ったが世宗(章宗代であろう)に「今は朝廷多事の折、卿は去るべきではない」と留められ、知開封府・御史中丞・太子詹事・太子少師を歴任、東宮の周牆拡張工事の中止を進言し(「師旅・飢饉の折になぜこの役を興すのか」)これが止められた。まもなく卒した。