金史卷六十八 列傳第六 額爾古訥

速駆と偵察に長じた将

  • 額爾古訥は伊克の子で姿は魁偉、14歳で宗翰の軍中に隷属し偵候の任を常に担った。遼主襲撃の際、甲騎60で遼の招討である図善を追跡して捕らえ、また7騎で遼の公主額布勒を追って捕え献じた。援軍として臨陣した敵の中に躍馬で出た者があり、軍帥が「あれを取れるか」と問うと額爾古訥は「諾」と答えて生擒し、その名を問うと「通古」と答えた。北部で勇者として知られた人物であった。額爾古訥は駅馬を善く馳せ日に千里を行ける速さで、宋討伐でもたびたび将命を伝える役を任された。
  • 天会8年、秦王に従い燕にいた際、伊都が西北で叛いたと聞き、秦王が額爾古訥に馳駅させたところ、黎明に天徳に至り、まだ日は暮れていなかったという速さであった。皇統元年、その功により寧遠大将軍・哈喇唐古部節度使を授かり、5年に千戸、6年に西北路招討使に遷り、9年に再遷して天徳尹・西南路招討使、天徳2年に召見され、4年に臨洮尹に遷り金紫光禄大夫を加えられ、53歳で官のまま卒した。