金史卷六十八 列傳第六 芬徹
厳正な捕盗と辺境の守り
- 芬徹は上京の密齊顕河から天徳に徙り、初め元帥府章京として使命を果たし、事案を明察して評価された。明安を領し、皇統間に同知開遠軍節度使に除せられ斥候を厳整し辺境を無事に保った。正隆初め中都路兵馬判官となった際、京畿に盗賊が多かったが芬徹は大盗40余人を捕らえ百姓は落ち着きを得た。安化軍節度副使に改め、大定2年、行軍万戸を領し邳州刺史・知軍事を兼ね、本州の九明安軍を管所した。昌武軍節度使・山東副都統として薩哈の南征元帥府で副統を務め、太子少詹事に入り、開遠軍節度使に再遷、伯父固納の明安を襲い博索路兵馬都総管・西北路招討使を歴任し卒した。芬徹は廉潔忠直で臨事に決断力があり、任じられた職務はすべて称賛された。
賛
- 賢舒嚕は昭祖の友であり、罕都は景祖・世祖に事えその臣となった。金は景祖の代より初めて強大となり、諸部の君臣の分がここに定まったため、異姓の臣の伝は罕都をもって首とした。伊克は宗室であるが罕都と功を等しくするため合わせて列した。