- 魏徴の病に際し、太宗は手詔を送り、会えない日々を憂え、自らの過ちを省みる思いを伝えた。
- 魏徴は上奏し、堯舜が仁をもって天下を率いれば民は仁に従い、桀紂が暴をもって率いれば民は暴に従うという、上に立つ者の行いが下に及ぶ道理を説いた。
- 大臣を登用する際に猜疑をもって処遇を疑うのでは人材が力を発揮できないこと、新参の言葉より長年苦楽を共にした者の言葉を信じるべきであることを述べた。
- 刑罰についても、君主は寛宥を旨としつつも威が雷霆のごとく強いため、恣意的な断罪や法の曲用が起きやすく、公正な刑を求めるなら官吏の厳酷に頼るべきではないと説いた。
- 君臣・父子・夫婦の三倫が正しく保たれてこそ内外が安寧になるとし、近頃弟子が師を軽んじ奴婢が主を軽んじる風潮が広がっていることを憂えた。
- 君子は自らに省みてから他人を正すべきであるのに、朝堂では至公を語りながら退いて行うところは私心にとらわれがちであると指摘し、諸葛亮のような小国の臣でさえ誠を開き公道を布いたことに触れ、上に立つ者が身を正さねば下は従わないと説いた。
- 太宗はこれらの上奏を善しとした。