魏鄭公諫錄太子太師を辞す(辭太子太師)

  • 皇太子李承乾が徳業を修めず、魏王李泰への寵愛が高まったことで内外に動揺が広がったため、太宗は忠謇な魏徴を皇太子の傅にすることで天下の疑念を絶とうと決め、詔の起草を命じた。
  • 侍臣は「魏徴はかつて侍中を退いており、儲君の傅という重責を引き受けないのではないか」と懸念したが、太宗は魏徴の意図を見抜けると自信を示し、詔を下して太子太傅に任じた。
  • 魏徴は病を理由に辞退しようとしたが、太宗は「太子は宗社の根本であり、忠正の者を輔弼とすべきである。周の幽王・晋の献公が嫡子を廃し庶子を立てて国を危うくした例、漢の太子が廃されかけたが四皓の助けで安定した例を引き、魏徴に頼るのも同じ意義だ、病であれば臥したまま補佐してよい」と説き、魏徴は職に就いた。