- 太宗が丹霄門楼で宴を催し大いに歓を尽くした際、長孫無忌が、王珪・魏徴はかつて東宮にいた頃には自分たちの仇のように疎まれていたが、今日ともに座して宴に連なるとは思いもよらなかったと述べた。
- 太宗は、魏徴らはかつて仕えた主に対して尽力していたのだから、当時のことは咎めるに値せず、自分が彼らを抜擢して用いたからこそ今日に至っており、これは古人にも恥じない行いだと答えた。
- 酒宴が酣となり、太宗が魏徴に、自分の諫言が聞き入れられないとき腹を立てているだろうと尋ねると、魏徴は、諫言が通らないことに不満はあっても腹を立てたことはないと答えた。
- 太宗が、腹を立てないならなぜその場で即座に応じないのかと問うと、魏徴は、事の是非を見極めて諫めているのであり、もし従わないからといってすぐに調子を合わせてしまえば、その場で事が実行されてしまうことを恐れるからだと答えた。
- 太宗が、その場で一応応じておいて後で別に論じ直せばよいではないかと言うと、魏徴は、昔、舜が群臣を戒めて「面従して退いてから陰口を言うようなことをするな」と言った故事を引き、その場で表面上従い後で別に諫めるのは、まさにこの「退いて後言する」に当たり、稷・契が堯・舜に仕えた本来の姿勢ではないと答えた。
- 太宗は大いに笑い、世間では魏徴の振る舞いを疎慢だと言うが、自分から見ればむしろ婉曲でしなやかに感じられると述べた。魏徴は拝謝し、陛下が言路を開いてくださるからこそ自分は諫言できるのであり、もし陛下が受け入れてくれなければ何度も直言することなどできないと答え、太宗は史官にこのやり取りを必ず記録させるよう命じた。