魏鄭公諫錄漢代は常に八月に子女を選んだと答える(對漢代常以八月選子女)

  • 太宗が、漢代には毎年八月に洛陽で容色すぐれた子女を選んで後宮に入れる制度があったが、これは法とすべきでないとしつつも、後宮には出産等の役に多くの人手を要するため、この故事に依拠して補充を行うのが礼にかなうのではないかと述べた。
  • 魏徴は、人は多く美色に惑わされて破滅を招くとし、周の幽王が褒姒に惑い、晋の献公が驪姫に惑って嫡子を廃し庶子を立てようとした例を挙げ、幽王はそれによって身を滅ぼし西周を滅亡させ、献公も自身は事なきを得たが禍は数代に及んだとして、後宮の人選には深く慎むべきだと諫めた。