魏鄭公諫錄隋代の山東での馬飼育を答える(對隋日山東飬馬)
- 太宗は、隋の時代に山東で軍馬一頭を養うのに百余貫の費用がかかったと述べた。魏徴は、当時の官人が自ら馬を売買し、粟麦の値が下がると理不尽に期限を定めて市を督責し、民の産業を破綻させたこと、また官人は馬さえ手に入れば期限を緩めたため、百姓は耐えきれず群れをなして盗賊となったのだと答えた。
- 太宗は侍臣に、自分は殿堂を出ずとも四夷が服従しており、この功業を実に重んじ惜しみ、それを保つ方策を一日も忘れたことがないと語った。太宗は、隋の煬帝が官人の違法にまったく意を留めず、疑い深く反逆者ばかりを恐れていたのに対し、自分はそうではなく、公らが法を遵守せず冤罪や滞りが生じることを恐れており、密告する者にも意を留めないようにしていると述べ、この心を体して徳をもって民を養うことこそ国を損なわない道だと語った。
- 魏徴は、陛下が天下を平定されたことはまさに詔旨の通りであり、今や功業がすでに定まり天下が安んじているにもかかわらず、日々慎みを重ねて徳をもって勝ろうとされている以上、臣下も愚かながら聖意を奉じないはずがないと答えた。
- 太宗は蕭璟に、隋にいた頃にたびたび皇后に拝謁したかと尋ねたところ、蕭璟は、実の子女でさえ会うことができなかったのに、自分ごときが会えるはずがないと答えた。魏徴は、煬帝は特に斉王を信用せず、常に宦官を遣わして監視させ、斉王が宴を楽しんでいれば「何を企んでいるのか」と疑い、憂え悴んでいれば「他に思うところがあるのだろう」と疑ったといい、父子の間ですらこの有様であれば、まして他人は言うまでもないと述べた。
- 太宗は、自分は正道を守ることにおいて煬帝よりはるかに勝っており、斉王の故事のようなことにはならないと語った。