魏鄭公諫錄顕仁宮官司を責めることを諫める(諫責顯仁宫官司)

  • 太宗が東巡して洛陽に入る途中、顯仁宮に立ち寄った際、宮苑の官司の多くが処罰された。
  • 魏徴は、陛下が洛州に行幸されたのは旧征行の地であり安定を喜んで恩を加えようとしたはずなのに、旧都の民はまだ恩沢を受けておらず、供奉の物が精美でない、あるいは献食を怠ったという理由で官司や苑監の多くが罪に問われている、これは足るを知る心を忘れ奢りに流れる兆しであって、行幸本来の趣旨に反し、百姓の望みに応えられないと諫めた。
  • 隋の煬帝が下の者に献食を盛んに命じ、供奉が十分でなければ威罰を加えたため、上が好めば下は必ずそれに輪をかけて競い、限りなく奢って遂に滅亡に至った例は、書物に伝わるだけでなく陛下自ら目にしたところであり、無道ゆえに天が陛下に代わって天下を治めさせたのだから、戦々兢々として万事倹約し先聖の盛業を継いで子孫に訓えを残すべきで、下の者に「奢麗にしなかったことを悔やませる」ようなことがあってはならない、今日足りると思えばそれで十分であり、足りないと思えば万倍あっても足りないと述べた。
  • 太宗は大いに驚き、「公でなければ私はこの言葉を聞けなかった、今後はこうしたことがないようにしよう」と述べた。