魏鄭公諫錄貴臣が親王に会い下馬することを諫める(諫貴臣遇親王下馬)

  • 魏王府の師である王珪が、令の定めでは三品以上の官は道で親王に出会えば馬を下りるべきところ、今はみな儀を失っていると奏上した。太宗はこれを認めて、「お前たちがこぞって自らを尊び我が子を卑しめるのは非法であって、私には行わせられない」と怒った。
  • 魏徴は、古来京師にいる親王は班次が三公に次ぎ、吏部尚書・侍中・中書令もみな三品であるから、これらの官が王に馬を下りれば王もかえって具合が悪く、故事を調べても従うべき例はなく、これを今行えばかえって国法を自ら崩すことになると諫めた。
  • 太宗は、太子を立てるのは自分の百年の後に君主とするためであり、人の存亡は老幼に関わらないのだから、太子がなければ嫡孫を立て、嫡孫もなければ諸子を立てる、それならば孫を我が身に比べて敬うのも近い道理ではないかと反論した。
  • 魏徴は、殷代には兄が終われば弟が継ぐ義があったが、周以降は嫡子を立てることを必ず長幼の順とし、庶孼が窺い狙うのを絶ち禍乱の源を塞いだのであって、国家を治める者はこれを深く慎むべきであり、陛下が先に王珪を責めたのは怒りに任せた振る舞いであって群臣に示すべきではないと述べた。太宗の怒りは解けた。