魏鄭公諫錄西域へ使を遣り馬を買うことを諫める(諫遣使西域市馬)

  • 太宗は西域に使者を送り葉護可汗を立てようとし、別の使者にも金帛を持たせて諸国を巡らせ馬を買い付けさせようとした。
  • 魏徴は、可汗を立てるという名目で使者を発した以上、可汗の地位が定まらぬうちから馬の買い付けを行えば、諸国は「本当の目的は馬の購入であって可汗擁立ではない」と受け取り、擁立が成功しても大きな恩を感じず、失敗すれば深い怨みを抱くだろう、そうなれば諸蕃は中国を軽んじ、馬も得られず、たとえ得ても帰路が確保できないと諫めた。むしろ自国が安定していれば、求めずとも諸国の馬は自然に集まってくるものだと説いた。
  • 続けて、前漢の文帝が千里の馬を献上されたときに、自分は普段の行幸で一日三十里、緊急でも五十里しか進まず、鑾輿の前後に多くの従者を従える身で千里の馬に何の用があろうかと述べ、道中の費用を償って馬を返した故事、また後漢の光武帝が千里の馬と宝剣を献上された際、馬は鼓車に繋がせ剣は騎士に賜った故事を引いた。さらに、魏の文帝が西域の大珠を求めようとした際、蘇則が「陛下の恵みが四海に及べば珠は求めずとも自ら至る、求めて得ても貴ぶに足りない」と諫めた故事も挙げ、太宗に漢文帝の高潔な行いを見習い、蘇則の言葉を軽んじないよう求めた。
  • 太宗はこの言を容れ、喜んで馬の買い付けを取りやめた。