魏鄭公諫錄西域諸国の入朝を諫める(諫西域諸國入朝)
- 高昌王麹文泰の入朝を機に、西域諸国も使者を送ろうとしたため、太宗は蕃人の圧怛紇干を西域に派遣し諸国の使者を導いて入朝させようとした。
- 魏徴は、中国はまだ戦乱の傷が癒えておらず、これ以上の負担に耐えられないと諫めた。先に高昌王が入貢した際でさえ数百頭の馬を送っただけで、通過する州県は供給に苦しんだ。これに西域諸国が加われば、交易の利益は蕃人が得る一方、負担は中国側にのしかかると述べた。さらに、後漢の建武二十二年、天下が安定していた時期にも西域が都護の設置や侍子の派遣を求めたが、光武帝は蛮夷のために中国を疲弊させることを避け許さなかった故事を引いた。もし十か国の入貢を許せば、その使節だけで千人を超え、辺境の州はとても供給しきれず、後で悔いても間に合わないと説いた。
- 太宗はこの議論を是とし、圧怛紇干を呼び戻させた。