魏鄭公諫錄馮盎討伐を諫める(諫討擊馮盎)
- 嶺南諸州から馮盎の謀反を訴える上奏が数十度も届き、太宗は将軍藺謩・中郎将牛進らに命じ、江嶺数十州の兵を発して討伐しようとした。
- 魏徴は、中国はまだ戦乱の傷が癒えておらず、嶺南は瘴癘の地で道も険しく兵站が続かず疫病の恐れもあるため、謀反の実態が確認できないまま軍を動かすべきではないと諫めた。太宗が「訴えが絶えないのに謀反の形跡がないとはどういうことか」と問うと、魏徴は、真に謀反するなら中国が不安定な時にこそ乗じるはずで、実際には数年間兵を出しておらず、訴えの内容もすべて田畑の争いに過ぎず、これは謀反ではない証だと説いた。むしろ使者を派遣して確かめ、誠意をもって諭せば、必ず軍を動かさずとも帰順するはずだと述べた。
- 太宗はこれを容れて出兵を取りやめ、前蒲州刺史韋叔諧・員外散騎侍郎李公淹を使者として派遣した。馮盎はただちに長子智戴を随行させて入朝させた。太宗は「魏徴一人の言に従って使者を送っただけで、十万の軍に勝る成果を得た」と称賛し、絹百匹を賜った。