魏書卷一百 列傳第八十八 豆莫婁

豆莫婁

  • 豆莫婁国は勿吉国の北千里、洛陽から六千里、旧の北扶餘である。失韋の東にあり、東は海に至り方二千里。人々は定住し宮室・倉庫を持ち、山陵・広沢が多く東夷の域で最も平坦である。土地は五穀に適するが五果は実らない。人々は長大で性は強勇謹厚、侵掠を好まない。君長はみな六畜の名を官名とし、邑落には豪帥がいる。飲食にも俎豆を用いる。麻布の衣は髙句麗に似るが幅が大きい。国の大人は金銀で身を飾る。刑は厳しく殺人者は死刑、その家人は奴婢とされる。風俗は淫らで特に嫉妬深い妻を憎み、嫉妬した者は死んだ後にその屍を国南の山上に晒し、腐るまで女の家が牛馬を出して償わなければ引き取れない。あるいは本来は穢貊の地だったともいう。