魏書卷一百 列傳第八十八 失韋

失韋

  • 失韋国は勿吉の北千里、洛陽から六千里にある。和龍を出て北に千余里で契丹国に入り、さらに北へ十日で啜水、北へ三日で蓋水、北へ三日で犢了山(周囲三百余里の高山)、北へ三日で屈利という大水、北へ三日で刃水、北へ五日でその国に至る。国には北から来る幅四里余りの大水があり捺水と呼ぶ。国土は低湿で、言語は厙莫奚・契丹・豆莫婁国と同じ。粟・麦・穄はあるが、猪・魚を食し牛馬を飼うが羊はいない。
  • 夏は城に居り、冬は水草を追って移動し、貂皮が多い。男は髪を結い角弓を用いその矢は特に長い。女は髪を束ねて叉手の髻を結う。国内では窃盗は少なく、罰は一を盗めば三倍を徴し、殺人は馬三百匹の賠償を課す。男女はみな白鹿皮の襦袴を着る。麹で酒を醸し、赤珠を婦人の飾りとして首に多く懸けるのを貴しとし、女がこれを持たなければ嫁に行けない。父母が死ぬと男女は三年間声を上げて泣き、屍は林の樹上に置く。武定二年四月、初めて使者の張焉豆伐らを送り方物を献じ、武定末まで貢使が相次いだ。