魏書卷七十五 列傳第六十三 尒朱度律

関西攻防

  • 榮の従父弟。鄙朴で寡言、統軍として榮に従軍。孝荘初は安西将軍・光禄大夫・樂鄉県開国伯、朔州刺史等を歴任、元曄擁立で太尉公・四面大都督・常山王に封ぜられた。
  • 兆と共に洛陽に入り、前廃帝の代には大将軍・太尉・尚書令・東北道大行台となったが、斉獻武王の反間策で兆と疑心暗鬼に陥り自壊した。聚斂が甚だしく民の患いとなり、母・山氏は「国恩を蒙りながら反逆した」と度律を責めて憤死したという逸話が伝わる。
  • 韓陵の戦いで敗れ河梁を渡ろうとしたが大雨で進退窮まり捕らえられ、斉獻武王に送られて洛陽で斬られた。