元史演義第一十三回 回酋荒地に竄死し、雄師寇を追い遐方を窮め尽くす (回酋投荒竄死孤島 雄師追寇窮極遐方)

耶律楚材の登場

  • 夏の降雪を瑞兆と説いたのは遼皇族出身で金に仕えていた耶律楚材。天文・占術に通じ、成吉思汗に重用され軍律を定める。

四方分進で花剌子模へ

  • 諸部族の来援を得て成吉思汗は軍を四路に分ける。察合台・窩闊台は訛答剌城を、朮赤は氈的方面を、阿剌黑らは白訥克特方面を攻め、成吉思汗自身は拖雷とともに布哈爾へ向かう。

訛答剌城の攻略

  • 城内で降伏派の哈拉札と抗戦派の城主伊那兒只克が対立。哈拉札は脱出を図るが察合台に捕らえられ斬られる。籠城戦の末、伊那兒只克も捕らえられ、殺商戕使の報復として溶かした銀を口と耳に注がれて処刑される。

朮赤・阿剌黑の各方面戦

  • 朮赤は撒格納克・氈的など諸城を次々と攻略。阿剌黑らは白訥克特を落とした後、忽氈城で守将帖木兒瑪里克の頑強な水上抵抗に苦戦するが、成吉思汗の援軍を得て陥落させる(瑪里克は脱出)。

布哈爾・撒馬耳乾の陥落

  • 成吉思汗は布哈爾を落とした後、撒馬耳乾へ転じる。花剌子模王謨罕默德は事前に逃走し、城は降伏するが、夜間に密かに降兵を殺し、工匠・壮丁を捕虜とし、住民から多額の金を徴収する。

謨罕默德の逃亡と最期

  • 謨罕默德は母妻を烏爾韃赤に逃し自らも敗走。息子たちの意見も割れる中、最終的にイラクへ逃れるが、哲別・速不台の追撃を受けカスピ海の孤島で病没。臨終に長子札蘭丁へ後事を託す。

謨罕默德一族の捕縛

  • 逃れた母支爾乾らはイラール砦に籠るが、水攻めにより哲別・速不台に捕らえられる。成吉思汗は母を助命するが幼孫は殺し、女たちは将士に分け与えられる。

烏爾韃赤の攻略

  • 朮赤・察合台・窩闊台による烏爾韃赤攻めは、朮赤が破壊を惜しみ察合台と対立して長引くが、窩闊台が調停し河水で城を陥落させる。守将庫馬爾は力戦の末に戦死。

塔里寒山と八米俺の攻防

  • 成吉思汗は拖雷を呼羅珊方面の掃討に出し、自らは堅固な塔里寒山寨を七ヶ月がかりで攻略。察合台の子で成吉思汗の愛孫莫圖根が八米俺城攻めで戦死し、怒った成吉思汗と察合台は城内を皆殺しにして城壁も破壊する。

札蘭丁の抵抗と印度河の戦い

  • 養子失吉忽禿忽が札蘭丁と交戦するが計略を破られ大敗。成吉思汗は自ら南下し哥疾寧へ向かうが、札蘭丁は先に印度河方面へ逃れる。追いついた蒙古軍との決戦で札蘭丁は敗れ、崖から馬もろとも印度河に身を投じて辛くも逃れる。

評語

  • 成吉思汗の西征に関する史書の記述は錯雑としているが、本書は地理・経過を整理して分かりやすく叙述したと自賛する内容。