繹史趙の建信君の寵(趙建信君之寵)

  • 履歴: 建信君。趙の孝成王期に寵愛された佞臣とみられる人物。その専横と、これを諫めた諸家の弁論を集めた項目。

魏牟の諫言

  • (戦国策より)建信君が趙で権勢を振るう中、中山公子魏牟が趙を訪れた際、王が冠を作らせようとした一尺の絹を巡り「冠師でなければ絹を任せぬのに、天下の政(社稷)は工でない建信君に委ねている」と痛烈に諷諌し、「先王は名将犀首・馬服君で秦と渡り合ったが、王は今建信君を頼りに強秦と角逐しようとしている」と憂えた。

「工に委ねるべし」の弁

  • (戦国策より)ある客が趙王に「馬を買うにも専門の工に頼むのに、国家の統治という重事を建信君に委ねるのは道理に合わない」と説いた。また燕の故事「桑雍(王の身辺の寵臣・寵姫が王の隙に乗じて私欲を図る者)」を引き、「日月は外を照らすが賊は内にあり、憎むべき者への備えを怠れば愛する者から禍が生じる」と警告した。

建信君と葺(寵姫)の権力争い

  • (戦国策より)ある者が建信君に「君が王に事えるのは色によるが、色は衰える。智を頼む葺(王の寵愛する者)に権を奪われる前に、葺に実務の全権を与えて失策させ、王に責めさせよ」と献策し、建信君はこれに従って葺を失脚させた。

希写の弁

  • (戦国策より)秦の文信侯(呂不韋)に無礼を働かれたと憤る建信君に対し、希写は「当世の権力者は良賈にも劣る、良賈は時勢を見て安く買い高く売る、文王・武王も机を屈しつつ機を待って紂を討った」と説き、権謀による対抗を勧めた。

権力の危うさを説く比喩

  • (戦国策より)魏□(人名欠字)は建信君に「罠にかかった虎は己の足を噛み切っても逃げる、七尺の身に比べれば足の指など軽い。君の身も王にとっては罠の中の獣の足に過ぎぬことを弁えよ」と警告した。

対秦外交における建信君

  • (戦国策より)秦の攻勢の激しさから「大臣の中に秦との連衡(横)を図る者がいる」と希卑が見抜き、翌日群臣に諮ったところ真っ先に連衡を説いたのが建信君であったと露見した逸話。
  • 梁から来た翟章が趙王に重んじられ相にと望まれたが固辞した際、田駟が韓向に「翟章を刺客で殺せば王は怒って建信君を誅すだろう」と唆した逸話(建信君の排除を狙う動き)。
  • 建信君が韓の使者韓熈を軽んじた際、趙敖は「魏は失っても存続しうる国だが韓は失えぬ国、韓を軽んじれば秦に韓を奪われ趙も危うくなる」と説き、建信君に韓との関係修復を促した。