繹史葛(嬴姓の附庸)(葛(嬴姓、附庸国)・牟(爵姓不詳、一説に祝融の後裔))

※本文の記事は牟・葛の両国をまとめて扱う一条のみで、それぞれに独立した記事は立てられていない。

牟・葛の使者への評価(公羊傳)

  • (公羊傳より)桓公15年、邾婁人・牟人・葛人が揃って魯に来朝した記事について、いずれも「人」と身分低く記されたのは、これらの国々を夷狄として扱ったためであると説かれる。