繹史越、呉を滅ぼす(上)(越滅吳(上))

伍子胥の予言(越絶書)

  • (越絶書より)呉王闔廬が伍子胥を上客として厚遇し、国の未来を尋ねた。子胥は当初語ることを憚ったが、王に強く請われ「呉の国運は長くない、覇を得た後に王が復び衰える」と告げ、虹霓・牽牛・太歳などの天象を根拠に、後の呉王が道を失い佞臣が近づく危機を予言した。あわせて越が呉と同俗・隣接の地であり、両国は将来必ず争うことになると警告し、王に越への警戒を促した。

范蠡と大夫種の出会い(越絶書)

  • (越絶書より)范蠡は楚の宛の生まれで、若い頃は佯狂を装い世を避けていたが、内には聖賢の明を秘めていた。大夫種が賢者を求めて訪ね、二人は意気投合して覇王の道を論じ合い、共に楚を離れて越へ赴くことを決めた。種は内政を、蠡は外事を担い、二人で越を安定・強大化させた。
  • (越絶書より)別伝では范蠡は自らを「范伯」と称し、貧賤に甘んじて佯狂の姿で世を過ごしていたとされる。大夫種に「三王・五伯は天運の巡り合わせで興る」と説き、共に呉・越へ入ることを勧めた。石買(越の権臣)が范蠡を「衒う士は信用できない」と讒言し疎んじた経緯が語られるが、原文はここで欠落し(闕)、話は途切れる。