隋唐演義第五十一回 真の天子は南の牢に身を陥れられ、奇女子は巧計をもって龍飛を助ける (真命主南牢身陷 奇女子巧計龍飛)
竇建德の凱旋と蕭后の処遇
夏王竇建德が楽寿に戻ると、曹后が出迎え、宇文化及誅殺の功を祝った。竇建德は隋の国宝・図籍のみを留め、財貨や宮女は功臣と、共に賊を討った唐・魏両家への謝礼とに分けたと語る。曹后はさらに「もう一つの生きた宝」=蕭后の処遇を尋ねた。竇建德は、蕭后を中原に留めれば辱めを受けるだろうからと、娘とともに突厥の義成公主のもとへ送る考えを示した。曹后もこれに賛同した。
翌日、竇建德は凌敬に命じて蕭后らを突厥へ送らせた。蕭后は曹后の当てこすりに嫌気が差していたこともあり、むしろ喜んで旅立った。義成公主は蕭后一行を迎え、旧知の王義や沙夫人らと再会させた。趙王(煬帝の遺児)とも再会するが、趙王は「母が実家の許氏に戻り母子の縁は既に絶えている、まして操を失った身」として正式な礼をせずに立ち去り、蕭后は自らの身の上を思って号泣した。以後、蕭后は義成公主のもとに落ち着いた。
秦王、洛陽出兵と王世充の無礼
秦王李世民は長安に戻り唐主に復命し、劉武周・蕭銑・王世充のうち、まず王世充と誼を通じてから劉武周・蕭銑を討つべきと進言、唐主は使者楊通・張千を洛陽へ送った。ところが王世充は書状を破り捨てて楊通を斬り、張千の両耳を削いで送り返した。唐主は激怒するが、秦王は自ら李靖に劉武周を、自分は世充討伐にあたることを申し出て許された。秦王は杜如晦・袁天罡・李淳風ら幕僚を伴い出陣、殷開山らを配して洛陽へ進軍し、睢水で世充軍を撃破、世充は洛陽に籠城した。
北邙山での狩りと金墉城潜入
戦勝の宴の翌日、秦王は土地の者から北邙山の景勝を聞き、李淳風の「百日の災いあり、弓馬を慎むべし」との忠告を退けて馬三保らと狩りに出た。山中で白鹿を射止めて追ううち、思わず李密の拠る金墉城近くまで迷い込んでしまう。見咎められて李密に報じられ、李密は「李世民の誘いの計」として深追いを禁じたが、程知節(程咬金)が単騎で追撃し、秦叔宝もこれに続いた。
老君堂での危機
程知節に追い詰められた秦王は矢を放ったが外れ、老君廟(老君堂)に逃げ込み、神像に加護を祈って身を隠した。老君の霊験により馬蹄の跡が消され、蜘蛛の巣が扉を覆って追手の目を欺いた。程知節は廟にたどり着くも一度は入れず、屋根に大蟒蛇を見て「漢の高祖が大蛇を斬って帝となった故事」を思い出し、意を決して押し入る。神棚の帳が揺れるのを見て蛇の尾かと疑うが、実は秦王が隠れていた。程知節が斧を振り上げたところ、五爪の金龍が現れ斧をつかんだため、追いついた秦叔宝が咄嗟に鐧で受け止め、「唐と魏は同姓、いま殺せば功にならず罪になる」と諫めて秦王を助けた。程知節は「先ほどのは黄蟒蛇の妖怪だった」と信じ込んでいた。二人は秦王を金墉城へ連行し、道中の百姓たちは秦王の風采に驚き噂しあった。
南牢への幽閉
李密は秦王を詰問し、「叔父」と呼びかけられても信じず、斬罪を命じた。魏徴が「秦王を殺せば李淵が総力を挙げて復讐に来る、社稷の禍となる」と諫め、代わりに秦王を人質として監禁し、唐からの降伏・朝貢を待つ策を献じた。李密はこれを容れ、秦王を南牢に投じた。折しも唐に和議を求めに来た劉文静も、李密が縁戚関係を認めず、徐世勣の取りなしでかろうじて斬罪を免れ、同じく南牢に入れられた。
李密の遠征と獄中の秦王
そこへ開州で凱公なる者が反乱を起こし、寧陵刺史顧守雍らと結んで愜師・孟津方面を攻めているとの急報が入り、李密は自ら大軍を率いて討伐に向かい、徐世勣・魏徴・秦瓊を金墉の留守に残した。
南牢では、獄官の徐立本(字は義扶)とその娘の徐恵英が秦王らを厚遇していた。恵英は投獄の夜、黄龍が室内にとぐろを巻く夢を見て以来、秦王が真の天子の相であると信じ、密かに脱獄の機会をうかがっていた。
秦叔宝・魏徴・徐世勣の来訪
ある日、秦叔宝が徐世勣・魏徴と酒を酌み交わし、程知節が秦王を大蟒蛇と誤認して殺そうとした顛末を語り、皆で笑い合った。魏徴は秦王を「真命の主」と見抜いており、いずれ李密の運が尽きれば秦王らも巻き添えになりかねないと案じ、三人で南牢へ酒を持参して見舞うことにした。
三人は便服で南牢を訪れ、徐立本の案内で秦王・劉文静と対面し、深い恩義を謝された。秦王は徐立本も同席させるよう望み、皆で酒宴を開いた。宴の途中、宮中から懿旨が入り、王娘娘(李密の妃)が徐恵英を寵愛し、太子誕生の祝いのため宮中へ召したことが分かる。
赦状の改竄と脱獄計画
やがて李密が凱公を降した知らせとともに大赦の詔が届くが、その文中「南牢の李世民・劉文静は放免せず」との一文があった。魏徴らは「不」の字に一画を加えて「本」に改める案を出すが、徐義扶は「筆跡から必ず見破られる」として反対、代わりに自分が責任を負って二人を密かに脱走させる策を提案し、皆が賛同した。
折しも王娘娘の命で恵英が孟津への使者に立つことになり、その内票(差配の文書)を利用して南牢の警備を交代させ、脱走の機会を作ることになった。徐義扶は五頭の馬を用意させ、娘の恵英も同行させることとし、秦王・劉文静と対面させた。徐世勣は自らの馬を秦王と恵英に贈り、秦叔宝も馬と書状(唐主への謝表、李靖・柴嗣昌宛ての書簡)を用意した。
脱出
夜、徐義扶は見張りの兵たちに酒を振る舞って油断させ、秦王・劉文静・恵英・小者を伴い密かに脱出、秦叔宝の屋敷に立ち寄って馬を受け取った。秦叔宝は同行を望む秦王を「疑いを招く」として辞退させ、涙ながらに一行を城外まで見送った。
評語
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