隋唐演義第三十七回 孫安祖は走って竇建徳を説き、徐懋功は初めて秦叔宝と交わる (孫安祖走說竇建德  徐懋功初交秦叔寶)

天下の乱れと群雄割拠

沙夫人の一件の後も、宇文弼らは容赦なく人夫や税を取り立て続け、各地で百姓が困窮し盗賊化する。翟讓・朱燦・高開道・魏刁兒・王須拔・李子通・薛舉・梁師都・劉武周・李軌・左孝友・盧明月・郝孝德・徐元朗・杜伏威・蕭銑など、各地に群雄が割拠し始める。

孫安祖の来訪

潞州の二賢荘に身を寄せて二年余りが過ぎた竇建德のもとへ、旧知の孫安祖(縣令殺害の前科を持つ人物)が訪ねてくる。孫安祖は諸国を巡り、民の困窮ぶりと各地の蜂起の様子を語り、竇建德と単雄信に決起を促す。自らは高雞泊に千余の手勢を擁していると明かす。

竇建德の出立

朝報で長城修築と高麗遠征の勅命を知った単雄信は、隋の滅亡を確信する。竇建德は娘を単雄信に託し、孫安祖と共に高雞泊へ向けて旅立つ。

徐懋功と秦叔宝の結交

一方、齊州で隠棲していた秦叔宝のもとへ、単雄信の紹介状を携えた徐世勣(字は懋功)が訪れる。二人は意気投合して義兄弟の契りを結び、天下の情勢や人物評を語り合う。懋功は李密(玄邃)を評しつつも真の主君にはまだ及ばぬとし、瓦崗の翟讓のもとへ向かうことを告げる。

羅士信との出会い

懋功と別れた秦叔宝は、道中で乱暴者として恐れられていた少年・羅士信(張太公の家で牛番をしていた孤児)と出会う。腕力に感心した叔宝は、羅士信を引き取り義兄弟として自宅に迎え、槍術を仕込む。

高麗遠征への召集

来総管(来護兒)は、水陸両面での戦に長けた将として秦叔宝を前部先鋒に招こうとするが、叔宝は老母の病を理由に固辞する。しかし郡丞・張須陀の説得と母の勧めもあり、秦叔宝はついに出征を決意し、羅士信に家を託して登州へ赴く。張須陀からは、鴨緑江方面から平壌を急襲する策を授けられる。