隋書卷六十四 列傳第二十九 張奫

出自と平陳の功

張奫、字は文懿。清河の出と称し淮陰に家した。兵書を好み刀楯を得意とした。北周時代、郷人の郭子翼が陳の侵攻を密かに手引きした際、父の雙と共に賊を破り勇決の名を得た。州主簿から高祖作相時に大都督として郷兵を領し、賀若弼の壽春鎮守時は間諜として活動、平陳の役で功を挙げ開府儀同三司・文安県子に進み物2千5百段・粟2千5百石を賜った。水軍で笮子游・薛子建の反乱を破り大将軍に進み、高祖から御座に招かれ「卿は朕の子、朕は卿の父」と厚遇された。楊素の江表征討にも従い高智慧・呉世華を破り上大将軍に進み奴婢60口・縑彩3百匹を賜った。撫・顕・斉三州刺史を歴任し能名を得、開皇18年、漢王諒の遼東征討で他軍が多く損耗する中、奫の軍のみ無傷であったため賜物250段を得た。仁壽中、潭州総管に転じ在職3年で卒去。子は孝廉。