隋書卷六十四 列傳第二十九 張定和

出自と軍功

張定和、字は處謐。京兆萬年の人。貧賎の出だが志節があり、平陳の役に従軍する費用のため妻の嫁入り衣装を売ろうとしたが妻が拒んだため妻を棄てて出征した。功により儀同・帛千匹を賜った。以後軍功を重ね上開府・驃騎将軍に進み、李充に従い突厥討伐で先登陥陣、首を刺されながらも草で傷口を塞ぎ戦い続け、高祖は感嘆し薬を送らせ、柱国・武安県侯に進み物2千段・良馬2匹・金百両を賜った。煬帝嗣位後、宜州刺史から河内太守で善政を行い、左屯衛大将軍。吐谷渾討伐に従い覆袁川に至った際、名王を渾主の身代わりと侮り単身山に登り降伏を勧めたところ伏兵に射殺された。帝は涙し光禄大夫を追贈、武安侯に再封し諡は壮武、絹千匹・米千石を賜った。子の世立が嗣ぎ光禄大夫を拝命した。