政務の停滞と民の窮乏
- 春、日中に星が見えた。民が、黄龍が地に堕ちて黄山宮の中で死んだ、と言いふらし、走って見に行く百姓は万を数えた。
- 莽は礼を制し楽を作り六経を説き、公卿は朝に出仕して暮れに退出したが、何年たっても決着しなかった。
- 十一公が分かれて農桑を勧め、令を天下に布いた。中郎・繡衣・執法が郡国にあって権勢に乗り、互いに弾劾し合い、案件の文書が入り乱れた。道中で吏民を召集し、証人を逮捕し、白黒は紛乱し、賄賂が横行した。宮闕に詰めかけて訴える者はきわめて多かった。
- 莽は自ら権を握って漢の政を手に入れたと思っていたので、あらゆる政務を自分で抱え込み、常に灯火をともして夜明けまで働いたが、それでも治めきれなかった。有司は出来上がったものを受け取ってその場をしのぎ、その隙に乗じて不正を働くだけであった。上書した者は何年も裁決を得られなかった。
- 県宰や郵の職は数年も兼任のままとなり、いずれも競って貪欲苛酷になった。県の獄に拘禁された者は数年に及び、赦に遇ってようやく出られた。交代のない衛士は数年も勤めさせられた。
- 冬、郡県の災害を理由に一律に吏の俸禄を減らした。結局俸禄を得られない者は、それぞれ職にかこつけて不正の利を得て食いつないだ。
- 穀物の値は常に高く、百姓は困窮し、立ち上がって賊盗となった。
- 邯鄲以北で大雨があり、水が出て人を流し殺した。