前漢紀前漢孝平皇帝紀 其八年 16年

  • 春二月、大雪が降り、深い所は二丈に及んだ。柏も竹もみな枯れ死んだ。地震があった。
  • 莽が詔して言った。地には「動」と「震」がある。震は害をなすが動は害をなさない。ゆえに易に「坤は動いて静か、万物を開き閉じ、万物はそこから生ずる」とある、と。莽が自らを偽り飾ることを好むのは、みなこの類である。
  • 長平観の西岸が崩れて涇水をせき止め、涇水が流れなくなった。群臣は祝いを上って、土が水を埋めるのは匈奴滅亡の兆であるとした。臣下がへつらう有様もまたこの通りであった。
  • 秋七月丁酉、霸陵城が火災に遭った。戊子晦、日蝕があった。
  • 翟義の一味の王孫慶が捕らえられた。莽は太医と尚方、および手練れの屠殺人にこれを共同で解剖させ、五臓を計測し、竹の棒で脈をたどってその始まりと終わりを調べさせた。病の治療に役立つと言った。