前漢紀前漢孝成皇帝紀三 永始四年 前13年

  • 春正月、甘泉宮に行幸して泰畤を郊祀すると、神々しい光が紫殿に降り集まった。天下に大赦し、雲陽の吏民に爵を、女子には百戸ごとに牛と酒を、鰥寡や高年には帛を賜った。
  • 三月、河東に行幸して后土を祠り、雲陽と同じく賜与した。行幸の通った先では田租を免じた。
  • 夏、大旱。
  • 四月癸未、長楽の臨華殿および未央宮の司馬門がいずれも火災にあった。
  • 六月甲午、霸陵の園の門闕が火災にあった。
  • 詔して次のように述べた。聖王は礼制を明らかにして尊卑を序づけ、車服を分けて有徳を示した。財があっても位がなければ制を越えられない。だから民は正しく行った。いま世俗は奢侈で満ち足りることを知らない。公卿・列侯・親属・近臣は四方の手本でありながら、身を修め礼に従い、心を同じくして国を憂える者があると聞かない。中には奢侈に安逸をむさぼり、田宅を広げ、奴婢を多く蓄え、綺縠を着、鍾鼓を設け、女楽を備え、車服・嫁娶・葬埋が度を越えている者がある。吏民はこれを慕い倣い、習いとなって俗をなす。それでいて百姓に節倹を望み、家に足り人に余ることを望んでも難しかろう。詩に「鍾を宮に鼓てば、声は外に聞こゆ」といい、また「赫赫たる師尹、民は具に爾を瞻る」という。有司に申し渡して次第に禁じさせよ。ただし青や緑は民が常に着る色なので禁じるには及ばない。列侯や近臣はそれぞれ自ら省みて改めよ。司隷校尉は改めない者を糺せ、と。
  • 七月辛未朔、日食があった。
  • 冬十一月庚申、大司馬衛将軍の王商に金と安車駟馬を賜って免じた。