前漢紀前漢孝昭皇帝紀 五年 前82年

  • 春正月、皇太后の父を順成侯として追尊した。

偽衛太子事件

  • 夏陽の男が黄色い子牛の車で北闕に来て、自分は衛太子だと称した。帝は公卿・中二千石らに面通しをさせ、見物人が数万人集まった。右将軍が闕下に兵を配して非常に備え、丞相以下の到着者は誰も口を開けなかった。
  • 遅れて着いた京兆尹雋不疑は従吏に命じて捕らえさせた。「真偽は不明だ、慎重に」と言う者もいたが、不疑は答えた。「昔、衛の蒯聵は命に背いて出奔し、輒は父を拒んで受け入れなかったが、春秋はこれを是とした。今、衛太子は先帝に罪を得て逃亡し死ななかったのだから、自ら出てきたこの者は罪人である」。
  • 獄に送って追及したところ、男は夏陽の人で姓は成、名は方遂と自白した。湖に住み卜筮を業とし、元太子舎人が占いに来た際「あなたの顔は衛太子によく似ている」と言ったのを真に受けて闕に押しかけたのだった。廷尉が郷里の張禄らを召して確認させ、全員が本人と認めた。方遂は詐称の罪で腰斬となった。一説には姓は張、名は延年ともいう。
  • 霍光は「大臣には経術の士を用いるべきで、そうしてこそ大義に明るい」と述べ、娘を雋不疑に嫁がせようとしたが、不疑は権勢が満ちるのを恐れて固辞し、のち病により辞職して家に退いた。

その他

  • 夏六月、皇后の父で驃騎将軍の上官安を楽郷侯に封じた。儋耳・番禺・九真の郡を廃止した。
  • 秋、大鴻臚田広明と軍正王平が益州を撃ち、三万余人を斬り捕らえ、家畜五万余頭を獲得した。