巡幸と胡建
- 春正月、甘泉に行幸して泰畤を郊祀した。
- 三月、河東に行幸して后土を祀った。
- 匈奴が使者を遣わして大きな羽と白い毛皮を献じた。
- 夏、大旱魃。五月、天下に大赦した。
- 秋、罪人を徴発して五原に守備駐屯させた。
- 監軍御史が北軍の塁の垣を破って商売の場所を作ったので、軍正丞の胡建はこれを誅そうとし、ひそかに配下の兵と示し合わせた。監軍御史が諸校尉と並んで座っているところへ胡建が進み出て拝謁し、そのまま兵に命じて御史を引き出して斬らせた。諸校尉は驚愕して何事か分からなかった。
- 胡建はそこで上奏した。「監軍御史は北軍の垣を破って商売の場を作りました。文法の吏に議させれば重罪にはなりません。しかし高皇帝の法に『壁塁がすでに定まった後、道によらず穿ち越える者は姦人という。姦人は殺す』とあります。臣が謹んで軍法を按ずるに、『軍正は将軍に属さず、将軍に罪があれば上奏し、二千石および二千石以下には軍法を行う』とあります。臣は謹んで法に照らして斬りました」と。
- 武帝はその節度ある処置を立派とし、制書で答えた。「国のふるまいは軍に持ち込まず、軍のふるまいは国に持ち込まぬものだ。何の文法の吏か。胡建に何の疑いがあろう」と。
- この年、済南太守の王延年が御史大夫となった。