漢書卷四十二 張周趙任申屠傳第十二 趙堯
符璽御史から御史大夫へ
- 趙堯は方与公の見立てにより「奇士、いずれ周昌に取って代わる」と評された人物。高祖が趙王如意の将来を憂えていた際、堯は「趙王のために貴く強い相を置くべき、周昌こそ呂后・太子・大臣がみな敬い憚る人物」と献策し、これが昌の趙相転任につながった。高祖は堯の見識を評価し、後に自ら御史大夫の印を弄びながら「これに代わる者は堯しかいない」と述べて堯を御史大夫に抜擢、陳豨討伐の功も加わり江邑侯に封じられた。高后元年、周昌を趙相にした過去の献策を怨まれ罪に問われ、広阿侯任敖が御史大夫に代わった。