漢書卷三十四 韓彭英盧吳傳第四 盧綰
燕王への出世と匈奴投降
- 盧綰は豊の人。高祖と生まれた日も同じで、幼少から親密な関係にあった。高祖の挙兵に従い、太尉として常に側近くに仕え、燕王臧荼を虜とした後、諸将の推挙で燕王に立てられた。
- 陳豨の反乱に際し、盧綰は東北から挟撃したが、密使を通じて匈奴と通じ豨との戦を長引かせようとする陳豨の計略に乗せられた。豨討伐後、豨の裨将の証言で盧綰の内通が発覚、高祖の召還にも病と称して応じず、左右に「異姓で王となったのは私と長沙王だけ、韓信・彭越の誅殺はみな呂后の計、皇帝が病めば呂后が実権を握る、それを恐れて出仕しない」と語った内情も漏れ、高祖は樊噲に討伐を命じた。盧綰は妻子・部下とともに匈奴に逃れ、東胡盧王に封じられたが蛮夷に侵され、帰還を望みながら一年余りで胡地に没した。